牧野学舎 本館

Historical architecture of Osaka Dental University

牧野学舎 本館

本学牧野学舎は昭和4年(1929)7月20日に竣工しました。設計は、甲子園球場や旧大阪市庁舎、中之島公会堂、旧加悦町役場などの建築設計に関わった大林組の今林彦太郎です。
正面中央に塔を立ち上げ、左右に翼部を張り出したほぼ左右対称の建築構成をもつ、鉄筋3階建の校舎です。幾条にも廻らされた水平帯と、西面2階3階の曲面をもつ出窓の表現派風造形意匠が特徴です。緑豊かな牧野の丘に建てられた美しい白亜のモダン建築は、今も往時の姿をとどめ、平成17年11月10日に国の有形文化財に登録されました。


歓びに満ちた開校式

歓びに満ちた開校式

牧野学舎の竣工により、創立以来、西野田、大国町、生野とあわただしく移転を繰り返してきた本校が、ようやく学園と呼ぶにふさわしい自前の校舎をもつことができたのでした。竣工に先立ち7月4日には、牧野学舎に通学することになる学生たちによって引っ越し部隊が組織され、生野学舎から思い思いの品をもっての行列が延々と続きました。
夏季休暇が明けた9月16日には新校舎での授業が始まり、始業式では、教職員や学生が真新しい白壁の講堂に集い、ここから始まる日々への期待と喜びを互いに分かち合いました。

補綴実習室および研究室

敷地内の整備、施設の充実

補綴実習室および研究室や学生たちの念願であった学生会附属館(クラブハウス)も完成し、柔道・剣道・卓球・音楽などの練習室や器具倉庫、浴場などを備えた施設は、快適な学生会活動の拠点となりました。また、トラックの整備やグランド周辺の整地も急ピッチで進められ、文武両道を掲げる本学の基盤が形成されました。

室戸台風と牧野学舎

室戸台風と牧野学舎

昭和9年(1934)9月21日、西日本から近畿一円を強い台風が襲いました。全壊家屋38,771戸、死者2,762人を出した室戸台風です。この台風により、牧野学舎では、補綴学実習室の屋根の一部をはじめ、校舎に通じる廊下のほぼ全てに加え、学生会館(クラブハウス)や食堂、物置などの木造の建物が倒壊し、甚大な被害を受けました。しかし、鉄筋コンクリート造の本館だけは、窓ガラスや煙突などが破損する程度にとどまり、授業に支障をきたすこともなかったということです。 付近の住民の多くが本校に避難し、倒壊した御殿山小学校からは負傷した児童が担ぎ込まれました。