教授からのメッセージ
 

 
わが国の平均寿命は、欧米が約百年もの長い歳月をたどって伸びてきたのに対し戦後40年間で急速に25歳も伸び、世界一の長寿国となっています。このような社会環境の中で高齢者医療は、従来の一般医学の一部ではなく、高齢者専門の老人医学が必要であり、既に積極的な老人医療が進められています。老人医学の目指すものは、単に生命を延長せしめることではなく、晩年における健康を維持し、老化に伴う進行疾患を予防し発症を防止することであります。これは寝たきりや痴呆あるいは健康を損なった状態で長生きするのではなく、良質な生を全うするという意味であると私は理解しています。高齢者医療の充実には、私たちが担当している歯科領域の積極的な参加が極めて重要であり、高齢者専門の歯科学すなわち高齢者歯科学の確立が急務です。


 高齢者歯科を担当する私たちの学生教育に対する目標は、高齢者固有の特徴や顎口腔系の加齢変化を踏まえた歯科医療。高齢者の口腔状態と全身の健康状態との関連の理解。摂食・嚥下障害を持つ高齢者や高齢有病者への適切な対応。さらには、総合ケアー医療チームの一員としてコ・メディカル、コ・デンタルの仕事内容も理解できる歯科医師の育成です。



高齢者歯科学講座 教授
小正 裕

 医療面、附属病院での診療活動は、今さら改めて申し上げるまでもありませんが高齢者の歯科疾患は、高齢者にとって食事内容が変化することだけでなく高齢者の健康や日常生活にも大きな影響を与えます。すなわち、栄養障害による基礎的な体力の減少、抵抗力の低下による感染ひいては疾病の発症などに結びつきます。これは、若年者が歯科疾患に罹患する場合に比べ、歯科疾患が全身的な健康に及ぼす影響が高齢者の場合極めて大きいということです。したがって、高齢者に対する歯科医療は、単に口腔領域の機能改善ということだけではなく高齢者の全身的な健康維持に重要な役割を担っています。これは、有病高齢者の場合はなおさら顕著であります。高齢者歯科医療の対象は、有床義歯を中心とした高齢者への特化した知識と技法が必要です。また、来院可能な高齢歯科患者に対する診療に留まることなく在宅や施設で療養されている高齢者歯科患者に対する訪問歯科診療の必要性は日々重要になってきています。来院が不可能なために口腔のケアが十分になされず、食生活はもちろん様々な不都合を生じている高齢歯科患者は増加しております。このような患者に訪問診療による口腔のケアを行うことにより有病高齢者と言えども生活の質の向上が得られ全身状態にも良い影響が生じるものであると考えます。近年、老年医学会と老年歯科学会との相互交流も盛んに行われています。その結果、一般医科においても口腔ケアの必要性が認識され始め、高齢者医療における我々歯科領域の果たす役割は今後益々大きなものとなってくると認識しています。その第一歩として平成14年8月から訪問歯科診療が、介護者への口腔ケアの指導と言う形でスタートしています。これを手始めとして、本講座の訪問歯科診療による地域医療への貢献、学生および研修生の教育・研修等の充実を図っていきたいと考えています。訪問歯科治療では、対応しえない高齢歯科患者に対しては、すでに短期入院歯科治療を始めております。この試みをより充実させるため、地域歯科医師会、各種老健施設等と、緊密な関係を保ちつつ本学が二次医療機関として十分な役割を果たしたいと考えています。
 


 
研究面においては、顎口腔系の老化に関する研究、老化による機能障害、高齢者の咀嚼と全身疾患・痴呆との関わり、摂食・嚥下障害患者のリハビリテーション、高齢者に対するインプラントの適応性等、高齢者歯科における重要な研究課題は多岐にわたります。関連基礎医学・歯学研究者との共同研究も含めこれらの研究課題の具体化に着実に取り組んでいきたいと考えています。