中川翔太先生は2010年に大阪歯科大学歯学部を卒業後、NPO活動をきっかけに東南アジアの子どもたちの口腔保健に関心を持ち、2018年ベトナム・ハノイへ。2021年には、背景にある問題を探るためドイツへ赴き国際保健分野の修士号を取得。2022年9月からはカンボジアのプノンペンで口腔保健活動を行っています。
そんな中川先生の活躍を、以下にご紹介します。
きっかけはNPO活動への参加
2010年に卒業後、JAPAN DENTAL MISSIONというNPOに参加し、フィリピンでの歯科治療支援活動をきっかけに東南アジアにおける小児う蝕の現状に興味を持つようになった中川先生。
その後、2018年からベトナム・ハノイの日系歯科の院長として当地で3年半診療を行いました。ベトナムでも崩壊状態にある小児の口腔内状態を目の当たりにし、「何が背景にあるのか」を突き詰めるためドイツへの留学を決意。2021年から22年にかけてベルリン医科大学International Health(国際保健分野)の修士課程に在籍し、東南アジアの6歳以下の小児う蝕のリスクファクターに関する論文を仕上げ修士号の学位を取得したのち、2022年9月から活動の拠点はカンボジアのプノンペンへ。
カンボジアの母子保健に口腔保健教育を
中川先生がプノンペンを選んだのは、カンボジアがデータ上で東南アジアの中でもかなりう蝕の多い国であることが理由の一つだと言います。プノンペンでの活動の目標を「6歳以下の小児う蝕の現状を改善すること」と定め、“予防は上流から”の考えに則り、現在はカンボジアの母子保健に口腔保健教育を導入する活動をしています。
主なプロジェクトの一つとして、National Maternal and Child Health Center (NMCHC;国立母子保健センター)とともにリーフレットを作成(下図参照)。
カンボジアの現状を踏まえて母親や家族向けに書かれたこのリーフレットを作成するにあたって、本学歯学部口腔衛生学講座の三宅達郎教授に助言を求めた中川先生は、「口腔衛生学的な妥当性についての確認をご協力いただき非常に助かりました」と話します。内容への意見だけでなく、リーフレットが学術的に有用であると三宅教授のお墨付きをもらったことで、国立母子保健センターの正式な資料としてより広くカンボジアの方々に届けられるものとなりました。プロジェクトの成果は徐々に現れてきており、母子保健センター内の歯科ユニットを受診する患者さんの数は増えてきているそうです。
現在は、作成したリーフレットをカンボジア全土で使ってもらえるように保健省との協議をすすめており、各病院やNGOにもアイデアをシェアしていこうと考えているのだとか。
国立母子保健センターでは、教育に関する活動のみで歯科支援活動などの臨床は行っていないそうですが、普段はインターナショナルクリニックにてカンボジア人をはじめ世界各国の人々に向けて診療を行っているとのこと。別の日系病院との医科歯科連携で入院患者さんの治療を行うこともあり、歯科医師として臨床をきちんと行える環境にあることもプノンペンに来た理由の一つだそうです。
みんなの意識を変えていく
今なお「いかに口腔保健について誰も何も知らないかを痛感しながら助産師・患者さん向けにレクチャーをしている」という中川先生の目標は、カンボジアの母子保健教育の中に口腔保健を定着させるために現場でコミュニケーションをとっていくこと、カンボジアの歯科医療人が自ら自国の口腔保健政策を改善できるよう必要な協力をしていくこと。
単に治療をするだけではなく、地域の人々が持つ既成概念を教育を通して変えていく——中川先生の挑戦は、まだ始まったばかりです。
学生へのメッセージ
「私が大阪歯科大学で学んでいた頃からはや10数年が経ちました。歯科医師としてのキャリアの6年ほどを海外で過ごすことになりましたが、基本にあるのは臨床研修時代から培った予防歯科への思いです。臨床、ボランティア、海外での院長経験といずれも大阪歯科大学のOBの先生方の元で多く学ばせていただき、先人の思いの連なりの先に自分の今があると感じています。 一歩海の外へでると、歯科臨床や口腔保健を取り巻く環境や文化は、日本の歯学部で学ぶような画一的なものではなく、実は非常に多様で変化するダイナミックなものです。そのなかで、自分自身だけの行動が何か事を成すというようなものではなく、自分の現在の活動もまた未来の誰かの思いに繋がっていくものだと信じて日々を送っています。 どこに辿り着くのかもわからない荒野を行っているように思っていても、振り返ればしっかりとそこに道ができているものです。一度しかない人生ですから、みなさんも自分の思いに素直に生きていって欲しいと思います。」
もっと知りたい!
現地で苦労したことは?
A. 国立母子保健センター内での活動について・・・当地のこどもの虫歯に関する認識の違い(例えば、子どもの虫歯は普通のことであり、治療する必要はないなど)を受け入れながら、現地のドクターやデンタルナースたちと教育資料を作成したことなど。
また現地語のクメール語が語彙の少ない言語であるため、資料作成時には専門用語を翻訳することが非常に困難で何人ものチェックが必要だったことも挙げられます。
生活面では、雨季には町の道路が冠水して、川のようになり不便なこともあります。
歯科治療に対する日本との違いは?
A. こどもの虫歯に関する意識は前述のとおりですので、予防のための受診などはまだまだ根付いておりません。カンボジアは公的な保険制度が始まったばかりで歯科のカバーはほぼ緊急時のみであることや、歯科医療人の数が首都など都市部に集中してしまうこともあり、歯科医療へのアクセスが良いとはいえません。一方で富裕層は先進的な歯科医院で治療を受けたりタイやシンガポールへ治療にいくことができるため、凄まじい格差が存在しています。
喜びを感じる瞬間
A. 国立母子保健センター内でのプロジェクトに関しては、全く口腔保健への意識がない医療従事者や妊婦さん、家族の方々に適切な知識を伝えることで将来のこどもの虫歯を減らす一助になるのではないか(今回のプロジェクトではそれを評価する術はありませんが)ということや、実際に資料を受け取った方々が「そうなんだ!」と新しいことを知れた喜びの表情をみることができるのは嬉しいことです。
クリニックでの診療に関しては、日本とほぼ水準が変わりませんので小児治療からインプラントまで幅広く臨床を行っており、様々な国籍の患者さんの悩みを解決できることには日々喜びを感じています。