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大阪歯科大学

本学歯学部薬理学講座の谷口諒至助教は2025年12月4日から9日にかけて、カンボジア・スタディーツアーに参加し、子どもたち対象の歯科検診などのボランティア活動を行いました。
訪問先はカンボジア北西部、アンコールワット近郊シェムリアップ市にある公立チェイ小学校。ここではオリンピック女子マラソン2大会連続メダリストの有森裕子さんが代表を務める認定NPO法人「ハート・オブ・ゴールド(Hearts of Gold)」が、日本語教育や体育設備支援とともに歯科検診や歯みがき指導(TBI)等の歯科支援活動に長年尽力しています。
谷口先生はこの活動に2024年から参加。今回は2回目の渡航となりました。
 
個人として現地に足を運びながらも、谷口先生が強く意識しているのは「この活動を、大学としての取り組みに広げていくこと」。現地で見た現実、歯科支援を通して感じたこと、そして大学に期待する役割について、話を聞きました。

カンボジア歯科支援ボランティアへの参加—「認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド」の活動

「まずはできることから」

歯みがき指導をする久保茂正先生
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

スタディーツアーでは、ハート・オブ・ゴールドが25年以上にわたり続けてきたカンボジアでの諸活動の現場を訪問し、実際にボランティアに加わります。歯科支援活動もその1つ。チェイ小学校では、約700人の児童を対象に、歯科検診や歯みがき指導、歯ブラシなどの物資配布等が行われています。
谷口先生が参加したきっかけは、歯科医師による歯科東洋医学のスタディグループ「TAO東洋医学研究会」(ボランティアリーダーは久保茂正先生:大阪歯科大学第32回卒)において、久保先生から活動を紹介してもらったことでした。
実際カンボジアの現状を知り、改めて歯科医療と予防教育の重要性を実感したと言います。

カンボジアとシェムリアップ市の位置

支援活動が生まれた背景 — マラソンから保健体育教育へ

有森裕子さん(中央)とスタディーツアー参加者の皆さん
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

ハート・オブ・ゴールドの歯科支援活動の背景には、代表理事である有森裕子さんによる長年のカンボジア支援があります。
もともとは地雷被害者等への支援を目的にした、チャリティマラソン大会の開催支援が始まり。運営ノウハウを現地に根付かせるとともに、カンボジア政府からの要請を受け、体育科教育支援にも着手することになりました。
保健教育の活動も、カンボジアの子どもたちが健康や身体づくりについて学ぶ機会を作りたいという思いから始まりました。歯科支援はその延長で、2015年、チェイ小学校での歯科検診及び口腔衛生指導(歯みがき指導、予防教育)からスタート。10年以上にわたる長期的な活動によって、子どもたちのむし歯経験指数(DMFT値)が改善するなど、大きな成果につながっています。

カンボジアの歯科医療の現状 ー習慣や環境が引き起こすこと

むし歯を治すこと、むし歯にならないことの難しさ

歯科検診中の谷口先生
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

カンボジアの農村地域では、歯科治療は決して身近なものではありません。

「例えばむし歯を1本治すだけで、日本円にして数万円かかることも珍しくありません。大人でも負担が大きく、子どもにそこまでお金をかけられない家庭も多い」と谷口先生。

公立病院では貧困家庭の子どもの治療費が無料になる制度や海外NGOが運営する無料の病院があるものの、病院の数は少なく、遠い。そのため、病院に連れて行くためには保護者が仕事を休まなければならず、それ自体が大きな負担です。
日雇いに近い働き方をしている家庭も多く、1日仕事を休むだけで収入がゼロになります。そうすると、どうしても歯の治療は後回しになってしまう。結果として、むし歯があっても治療を受けられず、乳歯は生え変わるから大丈夫と、放置されてしまう子どもが少なくありません。谷口先生は、その状況を「日本でいえば戦後すぐの頃のイメージに近い」と表現しました。

むし歯の痛みに耐え、我慢して食事をする子どももいます。谷口先生の話では、奥歯がむし歯で痛いから前歯で食べていると言うものの、その前歯がむし歯だったりするようです。また、長らくむし歯の予防法などが広まっていなかったため、家庭でも下の子へ我慢してきた経験しか教えられず、同じ道を繰り返すことも。

このように、むし歯が多い背景には、カンボジアにおけるインフラや生活習慣の影響があります。
「カンボジアでは多くの地域で上水道が整っておらず、商店で歯ブラシを売っていても、歯みがきの習慣につながっていない。安全な水にアクセスできないことに併せ、暑い国で甘い飲料を飲む機会が多く、口の中に糖が残って、むし歯になりやすくなっている」と谷口先生。
加えて給食がないため、子どもたちは学校の売店で菓子類やサトウキビなどの甘いものを、毎回の休み時間で食べています。子どもたちの栄養補給になる一面はあるものの、これらの買い食いも、むし歯の増加に影響を与えているようです。
医療やインフラ、金銭面といった様々な要因が、むし歯を生み出しやすい環境を作り出しているのです。

痛む奥歯の代わりに食事で使う前歯までむし歯が
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

校内の売店で菓子類や甘いものを買う子どもたち
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

現地での活動と印象に残った光景

歯の模型を使っての歯みがき指導
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

チェイ小学校での活動では、歯科検診だけでなく、歯みがき指導にも力を入れています。
指導方法は主に、模型やイラスト、動画を使うほか、身振り手振りで磨き方を実演して見せています。
谷口先生は「大事なのは順番を決めて磨くこと」と伝え、右上から前、左上、表側が終わったら裏側も、そんな風に1クラスずつ、40人ほどの子どもたちの前で実演しながら教えていたとのこと。

さらに歯みがき指導では、子どもたちに歯垢検知液を使ってもらう工夫もしています。検知液を口に含むと歯の汚れがピンク色に浮かび上がり、鏡を手にした子どもたちは、普段は見えない自分の歯の汚れが見えて、「うわー」と驚きの声。
その後、実際に歯みがきをして、ピンク色は少しずつ落ちていき、歯がきれいに。「磨くと本当にきれいになる」。そんな変化を自分の目で確かめることで、子どもたちに歯みがきの大切さを実感してもらいました。

また、谷口先生は現地の人たちに対して「すごく元気で温かみがある」と感じたそうです。
カンボジアは国民の多くが敬虔な仏教徒で、「ありがとう」と感謝を述べる時にも、必ず手を合わせてくれます。
「感謝された時には、とても温かい気持ちになります。だからこそサポートしたいなと思います」

歯垢検知液で歯がピンク色に
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

一生懸命に歯みがきの練習をする子どもたち
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

「できる人」が、「できること」を、「できるだけ」続けよう

支援物資を手にNCCCに訪問した時の様子
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

この言葉は、ハート・オブ・ゴールド代表理事の有森裕子さんが、長年の活動を通じて大切にしてきた考え方。
スタディーツアーでは歯科支援だけでなく、ハート・オブ・ゴールドが運営する児童福祉施設「NCCC(ニュー・チャイルド・ケア・センター)」の訪問も行っています。DVや貧困、孤児など、家庭環境に課題を抱える子どもたちが共同生活し、学校教育を受ける場所です。
NCCCへの訪問時には、子どもたちと交流し、各自が持ち寄った歯ブラシ、ノート、えんぴつ等の支援物資を手渡しています。これまでも個人に限らず様々な日本の企業や団体から、食料や日用品、文具、浄水器、冷蔵庫などが提供されてきました。

谷口先生は、ここでの体験を通じて、直接歯科指導や治療をするだけではなく、それを行うために必要な環境や物資を整備すること。それ自体も大切な支援であるとともに、これは個人だけではなく「大学という大きな枠組に広げられるんじゃないか」と可能性を感じたそうです。

「個人の活動」で終わらせたくないという思い

記事が「きっかけ」になることを願って

今回のこの記事も、大切な「ツール」の1つだと言う谷口先生。
「記事という形で残ると、話がしやすくなる。これを見て、『じゃあ何ができるか』と考えてくれる人が一人でも増えたら嬉しいです」
個人の一歩として始めたカンボジアでの歯科支援活動。
それを大学全体での学びや社会貢献へと広げていくための挑戦は、まだ始まったばかりです。

谷口先生からのメッセージ

できることをできるだけ続ける ~歯ブラシ1本から広がる支え合いの輪~

支援物資を手に、NCCCの子どもたちと
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

2回目の参加でしたが、子どもたちの口腔内環境の厳しさには改めて衝撃を受けました。乳臼歯(奥歯)がむし歯でほとんど溶けてしまっている子が大多数でした。そんな状態でも、彼らは眩しいほどの笑顔を見せてくれます。彼らの明るく純粋な表情に私自身が癒され、温かい気持ちになりました。
しかし、「痛くないの?」と尋ねると、その笑顔が一瞬だけ曇り、「奥歯は痛いから、前歯で頑張って食べている」と答えていました。そして、その前歯もむし歯でした。彼らから貰った温かい気持ちに影が差します。この純粋な笑顔のために、「何か私にできることはないか」と考えずにはいられませんでした。
ハート・オブ・ゴールドの活動はもうすぐ30年を迎え、歯科ボランティアも10年近く続いています。代表の有森裕子さんの言葉に「できる人が、できることを、できるだけ続けよう」というものがあります。実際にツアーでお会いした際にもそのことをお話しされていました。「できる範囲だからこそ、できるだけ長く続いていく」。この言葉にこそ、支援が継続してきた秘訣があると思いました。

~1人1本の歯ブラシ~

どのようなサポートが必要で、その中で自分にできることは何か。思い浮かんだことは、「1人1本の歯ブラシから始めよう」ということでした。
数百本の歯ブラシを一個人で毎年用意するのは大変ですが、日々の生活で関わる一人ひとりから一本ずつ歯ブラシを譲り受けるだけでも、数十本は用意できるはずです。これなら無理なく継続できます。
まずは「歯ブラシ1本」から始めて、現地の状況や成果を伝え、友人や知人、先輩後輩、お世話になっている諸先生方、そして興味を持ってくれる学生の皆さんと、共感してもらえる人の輪を広げていきたいと考えています。

「可哀想だから助けてあげる」という一方的な支援ではなく、彼らの笑顔に癒やされた私たちが、歯ブラシ1本という形で恩返しをする。そんな「互助」の関係でありたいと思います。歯ブラシ1本で子どもたちの笑顔を守り、結果として自分自身の心も温かくなる。これほど歯科医師として嬉しいことはありません。
今後も現地での歯科ボランティアは続けていくつもりですが、日本にいてもできる簡単なことを、できる範囲で、できるだけ長く続けていきたいと思います。

NCCCでの集合写真
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

歯科検診を待つ子どもたち
[写真提供:認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド]

Note:本学歯学部卒業生の奮闘

本学歯学部卒業生もカンボジアのプノンペンで歯科支援活動に奮闘しています。
本学の先生も手助けしながら進めた、カンボジア口腔保健教育のプロジェクトについて、こちらの記事で紹介しています。
2024年度:ニュース一覧>カンボジアで活躍する卒業生を紹介します

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