CLOSE

大阪歯科大学

EPISODE008

“誰かのために”という思いを自らの内に守り、持ち続けてほしい

2017.11.8 医療保健学部 口腔保健学科 教授
糸田 昌隆

PAST

1これまで

リハビリが必要な方への口腔ケアの大切さを知る

糸田先生のこれまで

糸田昌隆先生は2017年4月、大阪歯科大学に新設した医療保健学部口腔保健学科の教授です。他大学出身から、本学大学院に進み卒業されました。どこか飄々とした雰囲気でありながら、優しく気さくに接してくださる先生に、お話を伺いました。
糸田先生が歯科の道を志したきっかけをお聞きしてみると、「実家が開業医で、診療所を継ぐため悪徳歯科医になりたかったから」と、先生一流のユーモアで意表をつく答えが返ってきました。「昔の歯科の世界はすごく儲かるイメージがあったので、実家を継ぐため、お金を儲けられる歯科医になれたらな、と」。高校生の時、大人になったら何になりたいかを考えてみましたが、具体的な考えは浮かびませんでした。そこでとりあえず、歯学部に進むことにしたといいます。

大学卒業直後、リハビリテーション病院に勤めました。そこで治療をしている時に「もう少し系統立てて勉強がしたい」と感じ、本学大学院へ。現在の川添堯彬理事長・学長が主任教授を務めていた講座に残り、そこで学びながら診療をしていました。『悪徳歯科医』になる夢は途絶えなかったのでしょうか?「なろうと思ってました」と話す糸田先生ですが、その頃、週数回ほど提携している病院に診療に行くことになり、転機が訪れます。「今から30年ほど前ですが、その病院での現状を見て、これは一筋縄ではいかないだろうな、と思った。それが今もずっとこの道にいるきっかけです」。病院では当初、リハビリが必要な人の口腔ケアが確立されていなかったため、患者さまの口腔内が「ミゼラブルな状態」だったといいます。「そこを歯科がもっと介入しないとダメだろう、と強く感じました。その病院で口腔内の現状を見てから最終的には常勤として20数年勤め、2017年の春から大阪歯科大学に戻ってきたんです」。

PRESENT

2

口腔リハビリテーション科の歯科医師として思うこと

糸田先生は、2017年春に本学附属病院に新設した「口腔リハビリテーション科」で診療を行っています。口の中のほとんどが日常生活に関わっているといい、食べること、話すこと…人が日常生活を送る上で必要な分野を担っているということを、患者さまと接する日々の中で実感しています。「以前勤務していた病院では、口腔ケアだけではなく、実際は機能障害が起こって食べられない、誤嚥する、喋られないということもある。口腔リハビリテーションなど機能訓練の重要性は、僕らが対応あるいはリハビリテーションを実施することで、がん患者さんや脳卒中などの患者さんからリハビリテーション効果のフィードバックがあり、やっぱり本当に必要なんだな、と実感したのが、僕がこの分野にいる理由」。亡くなる寸前だった状態の患者さまが、歯科医師だけではなく多職種で対応することで自宅に帰られるまでに快復した経験は、糸田先生の思いを支える柱となっています。「今まで診てきた患者さんの多くは、生命の危機にさらされているところから、時間はかかるが元気になって自宅に帰られることが多々あった。それが大きなモチベーションになっています」。

歯科には、命に関わるような患者さまもたくさんいらっしゃるといいます。「現在の附属病院に歩いてこられる患者さんの中にも、ギリギリの方がおられます。僕が担当している患者さんなんかは、『あっ、今のこの状態が続いていると、以前勤めていた病院にいる患者さんのようになるだろう』と予測できる方がたくさんいるんです。ここで食い止めたり患者さん自身の生活や考えを変えさせられたら、もう少し元気な期間が長かったり、入院しなくても済むようになる可能性もある」。

今後の目標は、「今までやってきた歯科治療はもちろん、『口腔リハビリテーション科』を突き詰めていきたい。それが原点ですから」。これからも、飲み込めない・話せないことへのアプローチを続けたいといいます。「口の周りの障害っていうのはまだまだ解明できていないことが多く、対処法も確立されていないものが多い。それを分類、確立して学生にフィードバックし、その重要性を広めていくこと。社会的な意義としては、口腔の障害は実は患者さん自身が自覚していないことが多く、それをもっと社会的に広めることが大事だと思っています」。

FUTURE

3これから

「誰かのために」という気持ちは、自分自身でしか守れない

いつも笑顔で明るく接してくださる糸田先生。どうしたら先生のようなテンションを維持できますか?とお聞きすると、意外な答えが返ってきました。「自然にこうなるからわからないな…患者さんと真剣に向き合っていると、そうならざるを得ないというか。今でもそうですが、患者さんって僕より人生の先輩である場合が多い。教えられることが多いし、人生の先輩は僕たちを見て『この人、本当に真剣に私のこと診てくれているんだろうか』っていうのを、ずっと自然に感じ取っているんだと思う。それにはこっちも真摯に真剣にならないと、向こうには伝わらない」。病院に来られる患者さまは、一度精神的にガツンと落ちてしまっている方もいる、といいます。その患者さまを引っ張り上げて、病気あるいは障害と向き合っていただくことも、歯科医療人の大切な仕事です。「本当に精神的に落ち込まれている方々には、こちらが巻き込まれてしまうこともある。よくあるのは、認知症病棟で働かれている看護師さんなんかは、すごくテンションが高い。でないと、患者さんの起伏の激しい精神状態に巻き込まれることが多々ある」。

医療保健学部の教授として、今後は学生の教育にも携わる予定です。なぜ臨床の現場に立ちながら、教育の方にも進もうと思われたのでしょうか?「病気自体は安定しているが、例えばマヒなどその後に体に残ってしまう障害がある。口腔内でも同じようにマヒが残ることが多い。その結果、食べられない、飲み込めない、話ができない、重篤になれば誤嚥性肺炎で亡くなられるときがあります。そこを歯科の方でももっと現状をわかってほしい、それに対応できる歯科医師や歯科衛生士を養成する必要があるだろう、と思っていたことが、大阪歯科大学に戻ってきた大きな要因なんです」。口腔保健学科では、歯科衛生士のプロフェッショナルの養成を目指します。「以前勤めていた病院はリハビリテーションがメインだったので、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士と一緒に、歯科衛生士が口腔障害のセラピストのような立ち位置で一緒に仕事をしていた。こういう歯科衛生士が今後、増えてほしい」。

医療に携わろうと考えている方は、『誰かのためになりたい』という気持ちが少しでもあるから、その分野に興味を持って進み出しているんだろう、と話します。「本学の学生に言いたいことは、その気持ちを大事にしてほしい、ということ——『誰かのためになりたい』という気持ちは、自分自身でしか守れないんです。ずっとこれからその職業に就いたとしても、本当の純粋な気持ちを維持できるのは、自分自身しかいない。それを持ち続けられる歯科医療人に、まずなってほしい」。その言葉は、ご自身の経験から来る願いです。「患者さんと接すると、いろいろなことがあるでしょうけれど、どんなときにもその気持ちを持ち続けていたら、周りの方や患者さんにも伝わる」。患者さまを一番に考え、『誰かのために』という気持ちを大切に守ってこられた糸田先生。その優しい眼差しには、悪徳歯科医とは正反対の、誠実な思いが滲んでいました。

PROFILE

2017.11.8 医療保健学部 口腔保健学科 教授
糸田 昌隆