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大阪歯科大学

EPISODE011

困難を乗り越えて今、研究にかける思い

2018.4.11 歯学部 小児歯科学講座 講師
篠永 ゆかり

PAST

1これまで

病気を乗り越えて得たもの

現在は本学附属病院で小児歯科の診療を行っている篠永ゆかり先生。お父さまが薬剤師で薬局を経営していたといい、「小さい頃から自分も薬剤師になって、薬局を継ぐものだとずっと思っていた」と話します。ただ、受験勉強では化学がとても苦手だったといい、「薬剤師になると、きっと一生涯化学を勉強しなきゃいけないんだろうと思ったらすごく苦痛で」。そんなことを考えていた高校3年生の時、小児歯科について書いている新聞記事を目にしました。その記事は、『他の歯科医院では嫌がって口を開けなかった子どもに、道具や器具についてきちんと説明し、治療してくれた小児歯科の先生がいて、子どもが安心して診療を受けることができました』という投稿文でした。「それまでも子どもに関わることがしたいなというのは漠然とあったのと、薬剤師を目指していたので医療系には進みたいなと思っていたので、それを読んで、小児歯科という専門の仕事があるんだ、歯科に進んだらこういうことができるんだというのを、そのときに知ったんです」。両親にその話をすると反対されるかもと思ったそうですが、お父さまが「自分と同じ職業についたら、お互いの言い分があって親子喧嘩をしたらいけないから、(継がなくても)いいんじゃないかな」と言ってもらい、それから進路を決め、見事、徳島大学歯学部に入学しました。入学してからも、ずっと小児歯科医を目指して学んできたそうです。

国家試験を控えた大学6年生の12月、急性白血病を発症し、闘病生活を送ることになります。その年の国試受験はあきらめ、学部生の頃から進学を決めていた大学院には入学手続きのみして休学し、治療を受けました。入院中は体調がいい時に勉強をしたり治療の合間に模試を受けたりしながら、1年後、国試に合格。さらに療養を続け、病気を克服し、大学院に復学しました。「病気が発覚した時、なぜ私が、という思いがまずありました。それに、同時期に卒業するみんなよりもスタートが遅れるというのは…。卒後すぐって、やり方次第でものすごく差が出る時期だと思うんです」。国試を受けて小児歯科医になるという夢は、入院中もずっと持ち続けていましたが、それでも同期より1年半遅れてのスタート。悔しい思いは強かったといいます。「自分だけが取り残されている気分はずっとあったように思うんですが、そんなこと考えても仕方ないしとも考えたり。…でも、やっぱりすごく焦っていたと思う」。

闘病中は、ご両親の支えはもちろん、看護師さんの存在が大きかったといいます。「私の担当になった看護師のみなさんが寄り添ってくれて。一緒に頑張ってくれているというのは大きかったですね。その時の看護師さんの声かけや対応が、すごく心に残っています。それが、医療人としての私の礎になっていると思います」。さらに、闘病期間は無駄ではなかったと振り返ります。「その時に見たこと、聞いたこと、経験したことは、無駄ではなかったです。例えば、入院中は同じ病室に年配の患者さんしかいなくて、今の私ならきっとできるけど、その時は決してうまく話相手になることができなかった。それでも何とか落ち込んでいる患者さんの気が紛れるように、ぎこちなくても話をしようとしたり、そういう経験が今は活きているように思う」。

PRESENT

2

『一練入魂』で、臨床に役立つ研究を

「病気から復帰した時に、少し甘えもあったと思うんです」と話す篠永先生。「長い間休んでいたし、ブランクもあるしというところに、最初は甘えていた部分もあったと思います。初めて診療の介助についた時に、どうしていいか分からなくて、なかなかうまくできない…どうしたらいいんだろうっていう時があって」。その時、当時の徳島大学小児歯科の教授に言われた言葉が、「あなたは歯科医師でしょ、何かできることを考えなさい」。そこで、ハッとしました。「甘えていてはいけない、自分が一番悔しいと思っていたのに、なぜこんなに一歩後ろに引いたような行動をしたんだろうと。ブランクがあった分、埋めなきゃいけないと分からせてくれたのは、その一言だったのかもしれないです」。大学院を修了後、病院医員を務めていた篠永先生は、恩師である有田憲司先生(現・本学小児歯科学講座教授)のもとで『グラスアイオノマーセメント(Glass Ionomer Cement、以下GIC)』の研究を手伝う研究員となり、その後は小児歯科専門の歯科医院に勤務していましたが、「有田先生が大阪歯科大学に赴任され、そちらでもGICの研究を続けられるということだったので、私も研究は好きですし、今までやってきたことが発揮できるのであれば」と、本学に入職を希望し、採用されました。

「仕事が趣味なのかもしれない」と笑いますが、そこには「基礎研究で終わることなく、臨床に即座に役立つものを開発したい」という思いがあります。「基礎的な研究、疑問に思ったことを解決していくことは大事です。でもやっぱり、研究するからには実現できるようなもの、臨床で使えるようなものが開発できると嬉しいですよね」。現在は2種類の研究を行っており、一つは有田教授が取り組むGICをベースにした新規材料の開発です。
GICは歯科用セメントの一種ですが、実は日本では欧米に比べてシェアが少ないといいます。「強度はコンポジットレジンや金属に比べると弱いのですが、例えばう蝕の予防をするフッ化物などをたくさん出すとか、生体の親和性とか、そういった点ですごく優れていて、欧米などでは削らない治療にどんどん使われている。もし大きいう蝕になって、そのう蝕両辺を全部取り除くとすると、中に入っている神経を刺激してしまうので、神経を取らないといけないことがあります。日本だと虫歯になったら削って詰めるという治療が多い中、欧米では最小限しか削らない、歯の再石灰化を図って神経を守るといった点で、GICがよく用いられているんです」。強度の向上とともに機能性を加えた新規材料を作ることで、GICの特長を生かしながら欠点である部分も改良したいといい、有田教授が長年取り組んできた、GICにハイドロキシアパタイトという粉末を加えて強化するという研究を一緒にしているそうです。

篠永先生はこれまで日本歯科理工学会学術講演会発表優秀賞をはじめとするさまざまな受賞歴があり、2017年の第55回日本小児歯科学会大会では、『アパタイトアイオノマーセメントの開発研究』で、優秀発表賞とSHOFU AWARDを受賞。研究は、実用化・商品化することを視野に続けており、最終目標は世界に売り出されて歯科医師に使ってもらうこと、深いう蝕でも削らずに治療でき、う蝕になる前に予防措置として使える材料として発売されることがゴールだと話します。「これは私一人ではなく、有田教授のご指導や大学院生の協力があって得られた賞なので、チームにもらった賞だと思っています」。研究室には、有田先生が『一練入魂』としたためた紙が随所に貼られ、それを見ながら作業をするといいます。「セメントを練り合わせて作る試料なので、一練りに魂を込めるっていう意味で貼り出していて、みんなそれを見ながら練る」。普段はどんな気持ちで研究しているか聞いてみると、「セメントに関しては『強くなれ~』とか『たくさんフッ素が出てくれたらいいなぁ』と思いながらやっています。それがきっと、一練入魂ということなんだと思いますね。その材料に、愛を持って取り組むこと」。
もう一つの研究は、大学院時代からの研究テーマです。「例えばお口の中を治療していく過程で、矯正器具やインプラント、義歯などを使いますが、そのような装置に抗菌性を持たすこと、細菌の付着抑制、歯垢がついてもきれいに剥がれるなどの性質を持たせることがテーマで、プラズマ化したイオンを装置に注入するという研究をずっと続けていました」。大学院修了後、中断していましたが、今は社会人大学院生とともに、そちらも並行してやっているといいます。

FUTURE

3これから

予防して、削らず、歯を守る

診療では、患者さんやその保護者に安心を与えるようなコミュニケーションを心掛けています。「以前、勤務していた小児歯科医院には『泣かない』『痛くない』『つらくない』小児歯科を目指そうっていうコンセプトがあったんですね。子どもに信頼を得られれば、もし少し痛みがあったとしても痛くないように感じられるっていうのがあると思う。だから、そういう点で子どもとコミュニケーションを取ることが大事」。さらに子どもだけを見ているのではだめで、一番大きいのは、保護者の存在だといいます。「保護者が緊張していると、子どもにもそれが伝わってしまう。保護者が安心して任せられるようなクリニックでなければならないっていうのは、そこですごく感じました。ですので、お母さんたちにきちんと説明ができ、納得して子どもさんを任せてもらえる。そして子どもにも、今日やることはこうだよと目を見て話ができる。きちんとコミュニケーションを取ることは、診療でも心がけているつもりです」。

篠永先生が考える小児歯科の魅力とは、なんでしょう?「たくさんの子どもさんと接して、それぞれの成長が見える、とても魅力的な分野です。例えば定期健診で通っている子から、将来は歯科医になりたいと聞いた時は、やっぱり嬉しいですよね。その子はきっと歯科医院に対してマイナスのイメージがなく成長してくれたんだなって。その子のお母さんにも、家でも歯を磨いて、定期的にきちんと歯科医院に通っていればむし歯はできないんだっていうのが、きっと彼女にとってはすごく嬉しいんだろうと言っていただけて」。

小児歯科はまず、むし歯にならないように取り組むことが大事だといいます。「歯が生える前から小児歯科に来てもらって、歯が生えたら予防して、お母さんにもいろいろなことをアドバイスして。まずは、生えてきた歯をむし歯にしないこと」。定期的に来院してもらいながらむし歯にならないように予防する、もしむし歯になっても、いかに早い段階でむし歯を見つけるかが大切です。「むし歯の病巣を全部取りきらないで治療できることもあります。歯の寿命を縮めないために、いかにして歯髄を残すかっていうことを考えることが大事だと思うんです」。むし歯を削って詰めて、また次むし歯になったらそれよりも大きく削らないといけないそうで、最初は小さかったものを大きく削り、また大きく削り、次は上にかぶせ物をして、しまいには抜かないといけなくなり…というサイクルを、最初から遮断することを考えないといけないといいます。「むし歯を予防する、あるいはむし歯になっても削らないで治せる方法はないかを考える」。そんな篠永先生の夢は、「やっぱり、今やっている研究の成果を認めてもらい、商品化されること。それが一番。そして、子どもが泣いてなくて、お母さんも笑っている、そんな診療室をつくること」だそうです。

全ての子どもが歯の大切さを知り、健やかに育ち、伸びやかに生きていってほしいという思いを、小児歯科というフィールドで実現する。篠永先生はきょうも、未来を願い、育むための学問に向き合っています。

PROFILE

2018.4.11 歯学部 小児歯科学講座 講師
篠永 ゆかり